稲田弘さん、世界初90代カテゴリーでコナ完走へ – Triathlete

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2015年コナ。ゴールに向かう花道の途中で力尽きたかのように崩れ落ちるひとりの高齢男性の姿。アイアンマンという競技の過酷さと無情さをドラマチックにとらえたこの写真は、世界中で大きな反響を呼んだ。この写真の男性の名はHiromu Inada。当時82歳だった彼は、以降もコナに出場し続けている。

今年90歳を迎えるにあたって、稲田さんはソーシャルメディアを通じてある決意表明をした。それは90歳以上のカテゴリーでアイアンマンハワイに挑戦し完走する、というものである。2016年と2018年の2度、世界最高齢完走者としてギネス記録にも認定されている彼が、その先の挑戦に向かう動機は何なのだろうか?

90歳だからやるというのではなくて、たまたま90歳になるっていうだけなんですよ」と稲田さんは言う。「やると決めたのは、できるだろうという予測があるから。もちろん肉体は衰えてはきていますけど、今の段階ならまだできるという自信が自分の中にある。だから挑戦するんです」。加えて彼の背中を押しているのが応援の声だ。2015年以来、彼の元には世界中から激励のメッセージが届くようになった。「その期待に応えなければという使命感もあります。今やめられない、という気持ちです」

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Coach Yamamoto & Inada training. (Photo: Courtesy of Yamamoto)

70歳でトライアスロンデビュー

60歳で水泳を始め、69歳の時のロードバイク購入をきっかけに70歳でトライアスロンデビュー。その直後に長く闘病していた最愛の妻を亡くし、喪失感を乗り越えるためにひたすらトライアスロンに打ち込んできた。76歳で挑戦した初のアイアンマンでDNFとなったことで奮起し、稲毛インターナショナルトライアスロンクラブというプロやオリンピック選手も所属するクラブの門をたたいた。

そこで出会ったのが、現在も稲田さんを指導する山本淳一コーチだ。今では「肉親以上の関係」と稲田さんは言う。「彼に出会ったことが僕の人生の最大のラッキー。この人がいなかったら今の僕はいないですよ。クラブに入った時、僕は76歳で、山本さんはコーチをしながら現役選手として競技に打ち込んでいる頃でした。チームに僕みたいな年寄りは他にいないから珍しかったんでしょうね。よく声をかけてくれたり目をかけてくれたりしたんです」

2人の絆がより強まったのは2011年、稲田さんのコナデビューの後。初めてのアイアンマン世界選手権にひとりで乗り込んだ稲田さんだったが、アメリカのテレビ取材、日本の雑誌取材、そして初めて味わうコナでの高揚感と緊張感のなか、スイムでDNFを喫してしまう。

「情けなかったですよ。みんながバイクに乗ってコースに出ていくなかで、自分だけバイクを押してホテルに帰るんですから。それも大観衆の中です。部屋に帰って落ち込んで、山本コーチに電話したんですよ。日本は夜中だったらしいんですけど(笑)」

この一件で自分が行かないとダメだ、と感じた山本コーチは、翌年、多忙の中時間をつくり自費でコナへ飛び、稲田さんの初完走を見届けた。「僕の新しいトライアスロン人生はそこからスタートしたんです」と稲田さんは言う。トライアスロンが、誰にも迷惑をかけずに勝手に楽しむものから、自分を応援してくれる人の期待に応えるものへと変わった瞬間だった。

「今僕が続けられてるのは、それなんですよ。以前はしんどいって思えばやめられた。今はそれができなくなっちゃった。僕のゴールを待っててくれる人が世界中にいるからね。2015年のあの写真の反響はすごかったですよ。世界中の人から僕のフェイスブックに応援メッセージがきて、それがものすごい数になった。『来年はがんばれ』とか『現地で応援するよ』とか。この人たちの期待に応えないと僕は生きて日本に帰れないと思いましたよ」

世界中の注目を背負って出場した2016年コナ。そのプレッシャーは相当なものだったというが、同時に周囲の期待と声援こそが、ゴールへと歩を進める原動力にもなっていた。

「チェックポイントを通過すると、ネットに上がるでしょ。みんなに『あれを見て応援してるよ』って言われていたんです。タイミングマットを通過するとアンクルバンドに反応してピッっていう音が鳴るわけです。そうすると見てくれている人の顔が浮かんでくるんですよ。みんなが、僕が通過したこと、僕が生きてることを確認してくれてるんだから、次のピまで絶対いかなければって思う。心配かけるから遅れないようにしなきゃ、と。それが、苦しい時に前に進む最大のモチベーションになるんです」

83歳だったこの年、稲田さんはレースを完走し、世界最高齢のコナフィニッシャーとなった。2018年には85-89カテゴリーで世界初の完走を果たし、自らの記録を塗り替えた。90歳を迎える今年、90+カテゴリーでのアイアンマン完走という前人未到の領域に挑む。

Hiromu Inada at the pool in August 2021 at Inage International Swimming School. (Photo: YUKI IWAMURA/AFP via Getty Images)

「年をとってくると勝手に自分の限界を決めてしまう人が多い」

死ぬかもしれない、と感じた瞬間もあるという。2015年は胃が食べ物を受け付けず、ハンガーノックと脱水症状、さらには熱中症が合併して身体がいうことをきかなくなった。「ゴールまであと3kmのあたりで、俺はもう死ぬかも、と思いました。同時に死んでもいいとも思った。これで死んだら、みんな『あいつはそこまでがんばった』って許してくれるだろうって」。

死を想う体験を経てもなお、コナのフィニッシュゲートへ向かう花道の熱狂は、稲田さんを魅了し続けている。「地響きのような大歓声。あれは足が震えます。一緒に走ってくれる人もいる。あの感動は、感動という言葉じゃ表現しきれない。もう1回味わいたいという気持ちになりますよ」

ここ2年、世界のスポーツイベントの大きな障害となっているのがコロナ禍だ。彼の年齢になると、11年の重みは加速度的に増していく。2019年を最後に、コナのない2年間を過ごしてきたその心中はどのようなものだったのだろうか。時間だけが過ぎていくなかでの焦りはいかばかりのものかと想像していたが、返ってきた答は驚くほど楽観的でポジティブなものだった。

「逆にラッキーだと思ってました。自分のペースでこれまでやったことのない練習を試すいい機会になりましたから。チームメイトとの合同練習や合宿はできなかったけど、トレーニング量は減ってないですしね」

学生、エイジグルーパー、オリンピック選手とさまざまなトライアスリートが所属するチームでの合同練習ではついていくのが精一杯で、テクニック的なものを探求する余裕がなかなか持てない。ひとり自由に自分のアイデアを試し、試行錯誤できた自粛期間は、大きな収穫になっていたのだ。

「テレビで他のスポーツのトレーニング風景を見せたりするでしょ? そういうのがものすごく参考になる。ああいう動きでああいう体の使い方をすると、あの辺の筋肉が鍛えられるんだなとか、そういう見方をするんです。で、練習のアイデアも湧いてくる。一番参考になったのはスピードスケート。バイクとの共通点を自分なりに考えたり、スケーターがトレーニングでバイクをこぐ時のフォームや力のニングでバイクをこぐ時のフォかけかたを真似してみたりする。自分がバイクに乗る時には、スケートのぐーんぐーんと伸びる感じをイメージするとペダリングもスムーズにいくような感覚になる。そういう試行錯誤をやってきて、ずいぶん得るところがありました」

90歳になろうとする稲田さんを動かす原動力は、飽くなき探究心と、進化を実感する喜びだ。

「色々試してると今までより楽に速くなれる感触を得ることがあるんです。そうすると『俺はまだ進化してる』ってうれしくてしょうがない。それを何回か繰り返していくうちに、さらによくなっていく。それが楽しいんです。今までやってなかった体の使い方をすると、使っていなかった筋肉を使えるようになる。そういうものを探り出していけば自分はまだまだいけるんじゃないかと思ってます。開発できる部分はいっぱいありますね」

「やればできる」。それが稲田さんのモットーだ。「年をとってくると勝手に自分で限界を決めちゃう人が多いけど、やりたいことがあればやってみた方がいい。意外とできるものだし、できると嬉しくて仕方ない。僕のコナへの挑戦も、限界を超えるとかそういうことじゃないんです。これができた、あれもできるようになった、まだできるって、面白がってやっているうちに、ここまで来た。ベースにあるのは楽しい人生を死ぬまで送りたいってこと。やりたいことをやり切った!って思えれば、死んでもいいや!って気持ちになるものですよ」

90歳のコナチャレンジを達成した後のプランもある。「海外にアイアンマンに行くたびにお世話になった人がたくさんいるんです。方向音痴なので、外国ではよく道に迷っては助けられたり。自転車で世界を回って、そういう人たちにもう一度会ってお礼をしたいなって思ってます」

稲田さんの夢は尽きることがなさそうだ。

Inada training last summer. (Photo: YUKI IWAMURA/AFP via Getty Images)

稲田さんの普段のトレーニングメニュー

月曜日

6:30 am – スイム3000m

8:00 am – バイク70km

火曜日

8:00 am – ラン10km

5:00 pm – スイム2000m

水曜日

6:30 am – スイム3000m

8:00 am – バイク100km

木曜日

8:00 am – ラン10km

5:00 pm – スイム2000m

金曜日

6:30 am – スイム3000m

8:00 am – バイク100km

土曜日

6:30 am- スイム3000m、バイク70km、ラン5km

日曜日

8:00 am – バイク60km、ラン5km

山本淳一コーチのコメント

練習量はここ数年変わっていません。完全OFFは無いですが、負荷の高い練習と次の練習の間は24時間以上空けて充分にリカバリーできるようにしてます。

年齢であきらめたりする人が多いなか、稲田さんさんがここまでやれているのは、トライアスロンに夢中だから。そうなれるトライアスロンがあることが稲田さんの元気の秘密。上田藍や、細田雄一といった日本のトップ選手が周りにいて、そういう選手と本気で競おうとするのが稲田さん。勝てはしないけど、それで泳ぎや走りは変わる。できなかったことをそのままにしておかない、という部分も強みですね。バイクで坂が上れなかったとか、ランで設定タイムが切れなかったら、もう1回やります、と言える稲田さんさんはすごいと思います。

稲田さんのコメント

山本コーチは全然甘やかしてくれない。しんどいって言ってもやらされてます。でも、だからこそ今もコナに挑戦できてるんだと思います。練習は過酷でも、山本コーチが自分の体のことはちゃんと考えて設定してくれてるという信頼がある。だからそこはコーチに任せて、自分はがんばるだけ。この練習がこなせないとハワイはない、そういう気持ちでやっています。

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